五話 -8
むかしむかし。
あるところに、それはそれは玉のようにかわいらしい女の子が生まれました。
赤ん坊はよく笑い、よく泣き、すくすくと元気に育っておりましたが、その子は決して、望まれ生まれた子ではありませんでした。
赤ん坊の父親は保土ヶ谷玄ノ信。母親は、玄ノ信が内々に囲んでいた白妙という娼妓でした。
玄ノ信には跡継ぎとなる一子に恵まれておりましたが、男子であれば保土ヶ谷の家系を存続させる意味でも育てることができたのです。
しかし女の子、しかも妾の子となると、まともに成長したとて保土ヶ谷として嫁に出すこともできず、家名を穢す種にしかなりません。
玄ノ信は女の子を処分することにしました。
名もつけられぬままに。
「後々の憂いとなってもことであろう。川にでも流してしまえ」
そう命令をする玄ノ信でありましたが、白妙は育てること叶わぬとはいえ、我が子を捨てることなどとてもできませんでした。
そこで白妙は、遠く離れた実父母を頼り江戸へ。そこからさらに北へと足を運び、幼子を年老いた親類に預けたのです。
玄ノ信が第一子である誠次郎は元服したばかりでしたが真面目で優しく、剣術、算術、読み書き、どれをやらせてもそつなくこなし、両親は生まれた世が戦乱であれば、さぞや勇猛な武将となったであろうと自慢する将来有望な青年でありました。
誠次郎は、玄ノ信が白妙という妾を囲っていること、白妙が子を孕んでいることを知っておりましたので、自分に弟か妹ができることを楽しみにしておりました。
しかし、いつまで経ってもなんの報告もありません。
そればかりかあるとき屋敷から白妙が姿を消したではありませんか。白妙はひょっこり戻ってきましたが誠次郎に「お子は生まれてはきませんでした」と言ったきり、なにも語ろうとしませんでした。
誠次郎は屋敷に出入りしていた蟻助という男が裏では女衒をしていることを知り、白妙の足取りを調べさせました。
しかし白妙が江戸の方へ向かったこと。道中女の赤ん坊を連れていたことは分かりましたが、その行方を突き止めることは叶いませんでした。
それから十三年が過ぎました。玄ノ信、白妙は既になく、屋敷には家督を継いだ誠次郎と数人の小間使いだけになっておりました。
誠次郎にはなにもありませんでした。
多少剣術が出来たからなんだというのでしょう。戦はもう起きません。
今は裕福な商家の息子に読み書き、算術などを教えることと、参勤交代の費用、お手伝普請、謂れのない減封などののち残った僅かばかりの碌が財産でありました。
その年の参勤交代に同行を命じられた誠次郎は大名行列に参列し、江戸へ下りました。
誠次郎が吉原へ赴いたのは気紛れでした。
自分に腹違いの妹がいることなど、その子の生死など、気にかけていたわけではありませんでした。
それが、そこで出会った「桃太郎」という遊女を目にした瞬間、彼女こそが自分の妹であることを確信したのです。
桃太郎の生い立ちを聞いて誠次郎は愕然としました。
誠次郎の命令で妹を捜させていた蟻助は、なんと見つけた桃太郎を売り飛ばしていたのですから。
なぜか。それは簡単です。
誠次郎から受け取った捜索の手付金と桃太郎を売り払った金額を足せば、誠次郎の約束した成功報酬よりも身入りが多かったからです。
*****
誠次郎は吉原へ出入りしていた蟻助を江戸で見つけると、その場で斬り殺してしまいました。
父や、白妙と同じように。
そして、どうしようもなく桃太郎を奪い返したくなったのです。
それこそが、自分の生まれた意味だと知ったのです。
(あの時、奪われた妹を奪い返す――)
誠次郎は桃太郎の姉女郎である絹月に影で作り出した太刀を渡しました。
それが復讐の始まりでした。
絹月は、とても悲しい顔をして頷いておりました。
――――――――――
「おこまにはそなたの旅を手助けする役目を与えた。
その金糸猴は命を助けてやる代わりにそなたを誘導するように言ってあった。保土ヶ谷誠次郎なる人物がもう一人いることを聞かされたのは、この金糸猴からじゃなかったかな?
もちろんそなたが遠江の屋敷で出会ったのは私の影法師だ」
「――――――――」
「桃太郎。そなたが慕っていた絹月のことは残念だとおもうが、もう泣き止みなさい。そなたが失ったものはそれだけだ。
そなたの居場所はもとよりここにあるのだ」
「――い、お……き…………は?」
「ん? ああ、あの太刀は鬼を斬るためのものではない。蟻助を使い、与えた『色魅』を回収する刀だ。
そなたには、私の妹としてその辺の鬼に負けない力を備えて貰いたかったのだ」
「――――ふぅうっ!!」
「さあ。分かったら顔を上げるんだ。これから二人で、間違った歴史を修正しよう!」
桃太郎に名前などなかった。
それが真実――
桃太郎に仲間などはいなかった。
それが真実――
桃太郎に誰かを助けられる力などはなかった。
それが真実――
桃太郎に、桃太郎という人生に真実などはひとつもなかった。
それが真実――
桃太郎がこれまで背負ってきた傷痕に、流した涙に、意味などなかった。
それが真実――
「――信じせんっ!!」
桃太郎は左手を振るった。
視界を覆おうとする黒い手が弾けて散った。
「信じせん!! あなたの言うことが全部真実だとしても、あなたが本当に兄上だとしても、わたしは信じせん!! わたしが信じるのは絹月お姉さんでありんす! みんなでありんす! おこまさんを返せぇっ!!」
真実でも信じない。
桃太郎の信念は揺るがない。曲がらない。
立ち上がり、涙でぐずぐずの顔もそのままに、桃太郎は目の前の『保土ヶ谷誠次郎』を殴りつけた。
**
「やれやれ。気性が激しいのは結構だが、こうも強情過ぎると考えものだな――金糸猴」
影で出来た手は曖昧な形を依り合わせ、即座に人の手を構成する。直垂の胸で軽い音を立てる桃太郎の拳を払い退け、『保土ヶ谷誠次郎』は控えていた松金さんへ指示を飛ばした。
松金さんは分身を作り出すと桃太郎の背中から羽交い絞めに掴みかかった。
「松金さん! お願いします、離してください……っ!」
「離してもらい、どうするのだ? 刀もない。仲間もいない。逃げるか? ここまで来て、私が黙って帰すとでもおもっているならよく教えてやろう。そなたが私の妹であるということを――」
がっちりと猿に組し抱かれ、身動きのとれない桃太郎の目元を真っ黒い指先で拭い去り、『保土ヶ谷誠次郎』は右手に、どろりとした液体を出現させた。
液体は透明な容器にでも溜ってゆくように、球形にまとまる。色は、一定に留まらず、目まぐるしく変化する。
「さて。そなたに相応しいのは何色か……そうだ。折角の名に因んで、桃色がよい」
たとえ――
『保土ヶ谷誠次郎』は手の内の球体を楽しむように、手の内に落ちた桃太郎を弄ぶかのように、色を選んだ。
たとえ『色魅』なんか受けたって――
手の内にある『色魅』が鮮やかな桃色に変化する。
その滑るような張りのある表面に浮かんだ恐ろしい鬼の貌と、桃太郎の恐れに引き攣った表情が重なった。
――おこまさんっ!
耐えることは出来ない。
全てを否定された今の桃太郎では、どれだけ息巻こうと悲しみに呑まれてしまう。
怒りに、絶望に、自分を委ねてしまう。
悔しい。けれど、それが真実――
ぎゅっと目を閉じる。
『保土ヶ谷誠次郎』の黒い影が伸びる。
手にした桃色の球体から伸びた幾本もの『色魅』が粘着質の触手となって、桃太郎の細い首筋に絡みついた。
「――――ッ!?」
**桃太郎の顔を***鬼が嗤う***嗤ったままで**黒い微笑を浮かべた『保土ヶ谷****誠次郎』の*****影が、桃太郎を束縛していた*****分身の猿ごと粉**微塵に********吹き飛んだ***********!!!!
(これで二度目――)
耳に聞こえる雄々しくも優しい声。
桃太郎は目を開けた。
目を開けて、桃太郎を庇い、その真白き体躯を撓らせる「犬神」の首に、抱きついた。
「――ワンちゃんっ!? なんででありんすか……どうしてでありんすかぁ!」
(――我との契約を忘れたか? 我は御前の命を庇護し、御前は我の――)
「そうではありんせん! だって、だっておこまさんが――っ……!?」
そこで桃太郎は気がついた。
「犬神」が、笑っている。
「犬神」は大きな舌でぺろぺろと桃太郎の頬の涙を拭った。
『保土ヶ谷誠次郎』がやったものと同じ行為だ。しかし、それはまったく違っていた。
(「北条」の末孫は鳥に救われここへと向かっている。御前の太刀も、程なく戻るであろう)
「犬神」の姿は白い輝きの粒となって見えなくなった。
「犬神」がいてくれた。
「犬神」はおこまにとり憑いていた識神であったはずだ。
おこまが『保土ヶ谷誠次郎』の作り出した影法師であったなら「犬神」も存在しないはずではないか。
それがどうだ。
「犬神」はちゃんと桃太郎を護ってくれた。
「――くッ……なんだ、桃太郎、そなた何をした!?」
『保土ヶ谷誠次郎』は――『保土ヶ谷誠次郎』の姿をした影は、その身体の半分に、黒く蟠る化物としての禍々しさを晒し出し、『保土ヶ谷誠次郎』の声を使って問い掛けた。
「犬神」の姿は桃太郎にしか見えていない。「犬神」の声も桃太郎にしか聞こえていない。
「犬神」が桃太郎になにを伝えたのかを、『保土ヶ谷誠次郎』は知らない。
「犬神」の言葉がどれほどの勇気を桃太郎に与えたのか、この鬼には分からない。
「あなたには――影を操り人の見かけを騙すことしかできないあなたには――わたしのなにも見えておらせん!」
言い放つ。
桃太郎の姿に、嘗て、寵愛をもって接していた――の姿が累なって見えた。気がした。
「そなた……また、私にそれをいうのか…………」
また――?
桃太郎は小首をかしげた。ながら、その疑問符は、轟いた大声に掻き消されてしまうこととなる。
「そいやぁー、大死一番っ! 桃太郎さまぁあ!」
「――雪路さんっ!?」
空間へと駆け込んで来るなり雪路は、担いでいた長い竿を振り下ろした。
竿の先には愛用の鉤縄が結び付けられていて、まさに釣り竿の如く波打つ荒縄が放たれた。
鉤縄は狙い違わず、桃太郎から離れた位置にいた松金さんを絡め取り、一気に引き寄せる。
「――え……」
桃太郎が目を丸くする。が、一連の動きは打ち合わせ済みであったようだ。
桃太郎が制止を叫ぶ暇はない。そこを、並の斬撃など目ではない鋭い蹴りが、真正面から貫いた。
「えええええっ!?」
がくりと首を曲げ、松金さんの身体は鉤縄から開放されて岩肌の地面に数度バウンドすると、そのまま拉げてただの影となった。
茫然自失。目を剥く桃太郎は、「漁師に転職した方がえーじゃろか」と竿を振り上げる雪路、振り上げていた脚を下ろすおこま「ああ、すっきりした!」、そしてその後ろから「ちょっと待て。それはどういう意味だ……?」じとりと睨みを利かせる本物の松金さんに――
「…………ま、松金さんも……影法師でありんしたか……――」
なんとか持ち直したばかりの筋力を全て抜いてやろうかと、肺の中の空気を全部使って安堵したい欲求を寸でで我慢した。
身体の半分を黒い影とし、揺れる鬼へと真正面から向かい合う。
「『保土ヶ谷誠次郎』おぉぉぉ! 観念しなんし!!」
「お武家様ぁ、話し方戻っちゃってるよぉ……」
桃太郎へと駆け寄ったおこまが、この状況でもマイペースな突っ込みを忘れない。
ということは、もしや、影法師と入れ替わったのは――
やっぱり、おこまはこうでなければ――これくらい、常識が欠落していなければ。
桃太郎はくすりと口元で笑みを噛み殺した。
「観念……嫌だ。私は――もう二度と、そなたを奪われたりはしないっ!!」
『保土ヶ谷誠次郎』は、まだ辛うじて人を留めている右側の腕に、暗い影の太刀を生み出した。
影の太刀は篝火の焔に照らされ実体となる。
桃太郎がこれまでよく見ていたその太刀を、このように遠目から目にしたのは、初めてのことだった。太刀に刻まれた銘は――
「いろ……きり…………」
「そなたがこれまで回収してきた鬼の『色魅』を、この『色斬』で余さずそなたの身体へ、心へ注ぎ込む! 分かっている筈だ、そなたも私と同じ、鬼の末裔であることが!!」
岩肌を蹴りつける『保土ヶ谷誠次郎』。『色斬』を脇構えに、向かい来るその姿は疾風迅雷。
しかし、桃太郎は恐れることはなかった。
なぜなら、彼の手にする太刀では、桃太郎達が手にした刃には勝てないということが分かっていたからである。
「犬神」はおこま達と一緒に太刀が戻るといっていた。それは――桃太郎は――
「ゐよぉ、皆様方! お手を拝借っ!」
ためらわず、空も、時も、越えてゆけ――!!
差し出されたそれぞれの左手に、宿った『色斬絹月』を引き抜いた桃太郎は、八双に構えると駆け出した。
不安はない。
『保土ヶ谷誠次郎』の『色斬』が影の紫電を纏って薙ぎ払われる。
桃太郎は『色斬絹月』を寝かせ、刃を伏せ、『保土ヶ谷誠次郎』へと両手を添え、献上した。
「――――ッ」
影の太刀が桃太郎の首もと紙一重で止められる。
桃太郎は『色斬絹月』を再び構え、今度こそ、『保土ヶ谷誠次郎』の身体を斬りつけ、返す刀をその胸元へと突き立てたのだった。
「これをもちまして、お姉さんより承りんした名代、務め上がりにておざりんす……」
「――色……斬――――絹月っ!?」
『保土ヶ谷誠次郎』の胸に刺さった『色斬絹月』。
その、彼が知る良しもない銘を冠する太刀が目も眩むような光を放ち、閃光が、周囲の陰影を、瞬きの彼方へ消し去った。
光――覚めやらぬ瞬きの中で、桃太郎は知ることになるのだ。あの日の真実を――
――――――――――
絹月は、悲しい顔で誠次郎から太刀を受け取りました。
「澄まない。澄まない。私にはそなた達ふたりを身請けするだけの財力がない。桃太郎を囲いたい気持ちは充分にあるが、私はそなたを忘れることはできぬ」
「誠次郎様。桃太郎の樽代はそうとうなものとなるでしょう。ならば少しでもその足しとなるよう、この絹月は吉原に残りんす。桃太郎を身請けできるだけの資金がそろい次第、今一度、絹月を迎えにきてくれなんせ」
「絹月よ……必ず迎えに来る。だから、今しばらく、桃太郎のそばにいてくれるかい? それと、気がかりなのは私の中にいる鬼だ。もしものときは、その太刀で桃太郎を護ってやってほしい」
「――あい。委細承知しなんした」
何度も何度も頭を下げる誠次郎は涙を流し、絹月を抱きしめました。
絹月もその愛情と覚悟に応えるように誠次郎を抱きしめました。
その次の日、江戸を経つことになっていた誠次郎が、それから二年半後、ようやく用意が整ったと絹月の前に現われた時、まったくの別人になっているなど、この時のふたりは想像もしておりませんでした。
――――――――――
保土ヶ谷誠次郎の肩に顎を乗せた絹月が、桃太郎に笑いかけたような気がする。
「――絹月姉さん……」
気がつくと、桃太郎はおこまに支えられ、船に揺られていた。
眩しい朝日が水面を輝かせ、桃太郎はまぶたを伏せた。
伏せながら考えた。
あの閃光は、あの中で見た光景は、夢……吉原の誇り高き花魁・絹月が見せた、泡沫の幻だったのかもしれない。
「お武家様気がついたかい? 御免。あたいがついていながら、本当に御免……でも、無事でいてくれてよかったよ……」
「おこまさん……」
おこまと松金さんが桃太郎を見失ったのは、やはり、奥座敷を過ぎた後の暗がりの通路だった。
先を行く桃太郎の背中を見失った時すでに遅く、行けども行けども通路の暗がりから抜け出すことが出来なくなっていた。そしてようやく抜け出たそこは、あの地下牢に閉じ込められていたのだという。
「雪路さんが遅れて来てくれたお陰で、なんとかお武家様のピンチに間に合ったのさ」
「気絶が功を奏するとは、おもわなかったがな」
「それ、褒められちょるんかね? えっへっへっへ」
船の後方で櫓を漕ぐ雪路は満更でもなさそうに鼻の下を掻いていた。
まぁ雪路が気絶から覚め、助けに来てくれなかったら、最後の時、『色斬絹月』を振るうことが出来たかどうかも問題だったのだ。ここは素直に感謝しておいてもいいだろう。
しかし桃太郎は、今回の功労者は「犬神」であったことを心馳せ密かに称えている。
「そういえば――保土ヶ谷……誠次郎は?」
「残ったものはこれだけだ」
おこまに寄りかかったままで周りを見渡そうとする桃太郎に、松金さんが差し出した物、それは、桃太郎の手によく馴染む、どこか懐かしい太刀の柄であった。
ただし柄と鍔まで。そこから先、雪路に銘を彫ってもらった刀身部分がすっかり抜けてしまっている。
「お前の斬りつけた保土ヶ谷誠次郎は影となって掻き消えた。あとは全てが海の藻屑だ」
「え……」
「保土ヶ谷誠次郎は、もしかしたら、もう死んでいたのかもしれないねぇ。いつもみたいに、鬼だけ祓うってわけにはゆかなかったみたいよ。それで、どんな仕掛けになっているのか知らないけど、屋敷は島ごと海の底に沈んじまったのさ。あれじゃあ、あの鉱脈には、誰も手は出せないね」
桃太郎は身体を起こして船の後ろを振り向いた。おこまの言うとおりそこに鬼ヶ島の姿はなく、ただただ静かな波が朝焼けの中、揺らめいているだけだった。
手元に残された『色斬絹月』の柄。
もとはといえば鬼が影から作り出した太刀が、柄だけ残るとは此れ如何に。
もともとが保土ヶ谷誠次郎へ届けるための品。なくなってしまって当然であるその太刀の一部を、桃太郎へと残してくれたのか。
それとも――桃太郎は海面に向けて柄を一振り。いつもの癖で鞘へ収める型をとる。
「ありゃ?」
刃のないはずの『色斬絹月』はぱちん、といって、ちゃんと鞘に収まったのだ。
刃が無くとも収まるとは。これもまた――
「おかしな刃無にありんすなぁ」
「お、お武家様……」
「それはつまり、どういうことだ?」
「ぷっあっはっはっはっはっは! 上手いっちゃ!」
おこまは呆れ、松金さんは意味が判らず、雪路がひとりで爆笑する。
船は、やがて朝焼けの海を一番近い陸地である、備中の国へ。桃太郎の「お腹が空きなんした」の一言に、国分寺の五重塔を目印にした航路をとったのだった。