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             二話 -



 誰かがその位置から僅かに
退嬰した。


 それを視界の端に捉えた男が次に、最初に身を引いた男よりも数歩多く後退した。


 それを見たのは二、三人だったかもしれない。


 それだけで、血気盛んに息巻いていた男達の
は容易く崩壊する。


 我先にと踵を返し、その場から逃げ出していた。


 倒れている者の中にもまだ、意識がある者はいたかもしれない。動けるくらいの者もいたはずだ。


 それでも誰もが自分の身の安全と保身に
り、よりに近かった者から強引に人を掻き分けようとしたため、逃走は稀に見る混乱を呈した。




 「オコマサン。オヒサシブリデス。オゲンキデシタカ?」




 おこまは鞍右洲のすぐそばで一部始終を眺めていた。


 事態を
趨向しようというのではない。始めにが倒れたときから、足が竦んで動けないのだ。




 「
……あんた……」




 「オコマサン。アナタナラ、ボクノキモチヲワカッテクレマスヨネ?」




 鞍右洲はそっと手を差し出した。




 おこまは知っている。


 蔵右洲が置いて行かないで、と
懇願した理由を。


 鞍右洲は生まれつき身体が丈夫ではなかった。


 遠い異国で、ヤクザな稼業などに耐えられるはずはなく、日に日に体調を悪くし、とうとう満足に歩くことも出来なくなった鞍右洲へ、巽が如何な処断を下したのかを知っている。


 そして、自分達と異なる風貌をした拠り所も不明な鞍右洲に、この国はどんな目を向けるかも、知っていた。



 ただ、そんな鞍右洲がここにいる。


 透き通るように白かった肌は見る影もなく、額からは角としか思えない、鋭い突起が生えている。


 その所為からか、今見せた恐ろしい力。もしくは、その力の対価がこの容貌なのか。



 おこまは分からなかった。


 分からないながら、こう思った。


 鞍右洲のこの姿は、明日の我が身であると。



 おこまは応えた。巽を、黄槇組の男衆を攻撃した鞍右洲の手を、取ろうと決めた。


 おこまの差し出した手を、鞍右洲の黄色が掴む。



 ********!!




 「「!?」」




 迸る閃光が、不快に空気を弾く。


 おこまの腕を掴むかと思われた鞍右洲の手へ、鞘のまま叩きつけられた太刀との狭間にて。




 「アウチっ……!?」




 「お、お武家様――!?」




 桃太郎は見逃さなかった。


 おこまの手を取る間際、鞍右洲の身体は確かに発光していたのだ。


そして『色斬』を投げつけたのも、冷静さを欠き、
我武者羅に行った行動ではない。


 桃太郎には、鞍右洲の攻撃の正体が掴めていた。



 エレキテル。



 いつだったか、絹月の馴染である絵師・三田村
善衛が、珍しいものであると持ってきたハイカラの中に、そんな電気を生成するカラクリを見せてもらったことがあった。


 善衛門が大変な労力の果てに発生させたバチバチと鳴るちいさな稲妻に、鞍右洲の放った光の帯は、大変よく似ていたのだ。


 善衛門は話の中で、電気は鋼に吸い寄せられるのだと説明していた。


 そして、いずれはこの光が
提燈行灯に替わる街の灯となるのだといい、知り合いのカラクリ師を自慢していたのである。




 「おこまさん、逃げなんし!」




 桃太郎は叫ぶと同時に駆け出した。


 鞍右洲の放電を防ぐため、『色斬』を投げつけてしまった。


 桃太郎の所持する鋼といったらそれしかなかったからだ。


 しかし『色斬』なくして鬼を退治することはできない。




 「オコマ! オマエモニゲルノカ!?」




 鞍右洲の身体が黄色味を増す。


 なおもおこまへと手を伸ばす。いや、今度はおこまだけではない。鞍右洲は左の手をおこまへ、右の手を桃太郎へと突き出した。


 つまり、両腕からの放電で、黄槇組の男衆を倒したように全体を薙ぎ払うつもりだ。



 おこまは桃太郎の叫びで踏鞴を踏んだ。かに見えたそれは、軽やかな
体重移動


 体重の乗った華麗な回し蹴りが、鞍右洲の腕を上向きに弾き飛ばす。


 と鞍右洲の放電が重なった。


 放電の軌跡は
出鱈目だ。鋼を持っていなければ帯が誘導されることもない。


 体勢の崩れた鞍右洲から放たれた光の帯は、一方闇夜へと打ち上がり、一方桃太郎の身体を
れて地面を穿った。



 おこまは返す刀で鞍右洲の胴体を蹴り飛ばす。


 巽が桃太郎に行ったものとは比べ物にならない殺人的な蹴りだ。


 そこに桃太郎が到着した。



 勝機は一瞬!



 桃太郎は落ちた『色斬』を掴むと力任せに振り抜いた。


 勢いで鞘が飛び、輝く刀身が嫣然と稲妻の刃紋を夜に閃かせる。



 電気は鋼に吸い寄せられる。それは桃太郎が今実証したとおりだ。


 『色斬』を手にすることは、鞍右洲に対し文字通り諸刃の剣となる。


 倒れた巽を駆け抜けざま、飛び越えたそこで、桃太郎は鞍右洲の碧い目と視線が交差した。



 おこまに蹴り飛ばされた鞍右洲は、起き上がることもせず、次の放電を溜めていたのだ。


 寝そべった姿勢から腕だけを突き出し、桃太郎へと向かって力を解き放った。




 (まずは一度目)




 **********っ…………



 迸ったかに思えた鞍右洲の放電は、まるでハズレ
富籤であったかの如く縮小消失する。




 「――ありがとッ!」




 桃太郎は、ゆらり出現した「犬神」へ、唇の端を吊り上げ、訳も分からず瞠目している鞍右洲へと、地面を
うように体勢を低く『色斬』を滑り込ませた。



 ばちん、と微かに放電が、鞍右洲の色と角を砕いて消える。



 『色斬』には今度も、なんの手ごたえもなかった。


 桃太郎は血も付いていない『色斬』を一振りし、収めるべき鞘がないことに
逡巡する。


 そうだ、と振り返ったそこに、「犬神」の姿はすでになかった。




 「もう……愛想ないなぁ」




 「お武家様!」




 視界の中、「犬神」を探していた桃太郎は、その声で、同じ視界の中から改めておこまを捉えた。


 おこまはさっきまでの場所よりも、少し村寄りの方から駆けてきた。


 桃太郎が放り投げた『色斬』の鞘を拾いに行ってくれていたようだ。




 「お武家様……その、いろいろと、御免」




 「?」




 桃太郎はおこまから鞘を受け取り、小首をかしげたまま『色斬』を収めた。


 どうして親切をしてくれたおこまが謝るのか、見当がつかなかったからだ。




 「だ、だからいろいろだよ! 「犬神」のこと、あたいが何とかしなきゃいけなかったのに、怪我までさせて御免! お武家様も薄々気がついていると思うけど、こいつら、あたいが声をかけただけの客じゃありませんでした! 本当のことを言わなくて御免! 巽が、勝手に手を出して御免! 鞍右洲が、こんな騒ぎを起こして御免! それから――」




 「ち、ちょっと待ってくださいおこまさん! そんなに謝らないでください! そんなに謝られたら……」




 釣り合いが、取れなくなってありんす。



 桃太郎にも隠し事があり、それはおこまに引けをとらないかなり大きな隠し事だ。


 とはいえ、あまり
下手に出られては、話し難くなってしまう。


 それに、謝っている内容の半分以上がおこまの責任ではないと思ったからだ。


 とくに黄槇組や、鞍右洲に関して、おこまはやっぱり被害者であろう。




 「わたしがおこまさんに謝ってほしいのはひとつだけです。あの時、わたしが逃げろって叫んだのに、どうして逃げなかったのですか?」




 思いがけず出てしまった
廓詞がおこまの耳には届かなかったのか、とも思いながら、なんとなく腹立たしげに桃太郎は訊ねる。


 なぜ言うことを聞かなかったのか、ではなく、なぜ危険を冒したのか、ということである。




 「そ、それは――」




 やはり
まない気持ちを引き摺っているようで、おこまは口篭り、それでも桃太郎が訊ねてくるので仕方なく、正直にこう答えた。




 「あのとき、おまえに呼び付けにされる筋合いねぇよ、ってついカッとなって、さ」




 「――え! そこっ!?」




 これには流石に
っときた。


 桃太郎は振り向きざまに突っ込みを入れ、そののち、首を怪我していることに気がついた。


 言葉もなく
る桃太郎。



 死屍累々。おこまは何度目かになる似たような光景を俯瞰しつつ、なんと声をかけたらいいか、しばしおろおろとするしかなかったのであった。


――――――――――


 水面から頭を半分だけ出して、桃太郎はぷくぷくと遊んでいた。


 今回は冷水ではないし、ましてや氷なども張っていない。正真正銘のお風呂である。


 吉原にいた頃、お風呂には毎日入るように云われていた。


 それは客を持て成す側にとって最低限のマナーであったが、たった二日ぶりの湯船がこんなに気持ちいいものだとは思いもよらなかった。


 旅の空では明日なにがあるか分からない。


 これからは、多少疲れていても入れるときはお風呂に入ろうと誓った。




 「お武家様、湯加減は如何でございましょう」




 「うむ。苦しゅうない」




 北村の宿『
椙野』の主人が表から声を掛けてきた。


 桃太郎はお湯から口を出して答える。


 桃太郎がお湯の上に出している部分は頭の他にもうひとつ。それは、
て、思い出したように痛む両手のひらであった。



 こうして、宿に泊まれていることは変な話、黄槇組のお陰であった。


 黄槇組の若頭である巽は騒動を
大事にしたくなかったのだろう。おこまひとりを連れに来るのに、あんな大人数で押し寄せた、などという噂を避けたためかもしれない。


 ここで今夜起きたことは公言しない、を条件にして、家々に
金子を配ったらしい。


 そして具体的な説明もないまま街道沿いを占拠し出したため、村の住人は桃太郎達が彼らと関わったことも知らない様子。


 それはそうであろう。実際に現場に立ち会っていなければ、三十人以上のヤクザを相手に、桃太郎達が無事で済む都合はないのだから。


 恐る恐る顔を覗かせた桃太郎に宿の主人がかけた第一声は「おや、お武家様達。ちょっと聞いてくださいよ、さっき大変だったんですから!」だった。



 ちなみに、巽以下黄槇組の連中は、逃げ出したはいいが仲間を見捨てて帰る勇気もなく、逃げ出した手前顔も出せずにいたふうの生き残りを村の先で見つけ、全員を連れて帰らせている。




 「主人殿……――」




 「はい。如何いたしました?」




 「――……もう出ますね。良い湯でございました」




 人に戻った
は蘿蔔と同じように気を失い、今はこの宿に身を寄せていた。


 黄槇組の生き残りには、鞍右洲は死んだと告げてある。


 もとより組を追放された身だ。これ以上の危険や報復が及ぶことはないだろう。


 ただ、鬼の力であそこまでのことを仕出かした男の体調は
る良くない、とおこまが診ていた。


 色を失ったことで、身体を病んでいた症状が顔を持ち上げてしまったのだろう。



 『色斬』は情念だけを斬る刀。身体は傷つけせん。なれど、それが命を奪う結果をもたらすことはあるのかも知れせんな……



 桃太郎は立ち上がった。


 しっかりと温まったかと思った身体は、風呂場の冷たい湯気にきゅっと引き締められる。


 冷やされて水となった雫が細い肩を伝い、背中を流れ、形の良い胸から腰までを撫でつけつつ、湯船へと帰ってゆく。


 両手を、ずきん、と痛ませた。



 
りをしてはいけないと、桃太郎は名残惜しい湯船に別れを告げ、早々に風呂場をあとにした。



 袴と小袖だけを羽織り、『色斬』を持って風呂場をあとに、部屋へと続く廊下を歩いた。


 部屋に用意してもらってある食事がのどを通るかどうかは、全てここに懸かっている。


 湯上りの濡れた髪は結っていない。肩に
れるひと房を握り締め、自分の部屋のひとつ前、おこまの座敷で声をかけた。




 「おこまさん、起きてますか?」




 「お武家様? どうぞ、入って入って!」




 返事はすぐに返ってきた。嬉々とした調子が桃太郎の表情を困らせる。


 まぁ、もともとは同室を希望していたのだから当然か、と襖を開けると、おこまは腰を浮かせ、立ち上がっていた。




 「ああもう! お武家様
怪我してるんだから、今開けてあげようとしたのに!」




 「だから、そこまで心配してくれなくても大丈夫ですから……」




 でも、襖越しに今「入って」といったような……桃太郎は苦笑のまま座敷へ身体を滑り込ませ、苦笑のままに襖を閉めた。


 実はをいうと、風呂に向かう前も、背中を流すといって聞かないおこまを
めるのに、そうとう苦労したところなのだ。




 「ささ、なにそんなところに突っ立ってんだい。こっちに来て座わんなよ。湯上りの身体が冷えちまうだろ?」




 おこまは火鉢のそばに座布団をもう一枚用意し、桃太郎を手招きする。


 桃太郎はそれを「申しわけないが」といって断った。




 「――申しわけないが、このままで」




 「………………」




 おこまも桃太郎の違和感を感じ取り、
って、正面に立ったまま向かい合った。


 両手を前で握り合わせている姿は、桃太郎以上に緊張しているようにみえた。




 「おこまさん。わたしも、あなたに黙っていたことがあり、それを話しておきたいと思い、参りました」




 「は、はい……」




 おこまの真剣な面持ちが可笑しくて、桃太郎は失笑を堪えるのに苦戦してしまう。


 けれどもこれは真剣勝負だ。結果は、成否に関係なくおこまとの別れを
すかもしれない。巫山戯は許されないぞ、と気を引き締め直し、果たして桃太郎は切り出した。




 「まず、わたしは武家の出などではありません。もちろん侍や浪人でもなく――」




 桃太郎は腰帯をほどいた。袴が落ち、おみ足が
になる。




 「ち、ちょっとお武家様! そんないきなり、こっちにも心の準備が……」




 顔を赤らめ目の
に狼狽しているおこまに拘らず、桃太郎はそのまま、小袖の合わせを開いた。


 変に勿体ぶっていたら桃太郎の方が話すタイミングを失いかねない。


 それに、どれだけ言葉で包んで出したとて、そこにある姿は、今更変えようがない。



 おこまの
狼狽と、浮ついた視線はまるきり治まった。


 その代わり、しわの寄った眉で桃太郎の
肢体凝視める。




 「わたしは男ではありんせん。御江戸吉原は妓楼『
なり』筆頭呼出し、花魁・絹月をお役に勤める、振袖新造・桃太郎にありんす」




 桃太郎は言葉を待った。


 まだいろいろと話しておきたいことはあっても、取り敢えずはおこまの得心を得なければ始まらない。




 ややあって、そんなおこまは口を動かす代わりに足を前に出した。


 室内にも
らない堂々とした歩みは数歩で桃太郎の前までやって来る。


 おこまの眼差しは伏せられていた。


 それは桃太郎の前に立っても伏せられたままだった。桃太郎の身体を近くで確認したい、そんな感じにも思えた。


 表情は判らない。


 怒っているようにも、驚いているようにも、戸惑っているようにもみえた。


 おこまが目を逸らしてくれているのは幸いだと思った。


 今、彼女と眼を合わせる自信が、桃太郎にはなかった。




 「御免…………」




 はっと息を呑む。


 いまやはっきりと読み取れる悔しさを浮かべた表情で、おこまは桃太郎の腹部、巽に蹴り飛ばされ、赤く腫れた
にやさしく触れた。




 「女だと分かっていたら、なにがなんでもこんなことさせなかったのに……御免……」




 「――怒って……ないんですか? 騙していたこと…………」




 傷痕を
てくれたことと、機嫌を損ねているかどうかは別な気がして、桃太郎は訊ねた。


 おこまの腕前は承知している。怒り任せの
に訴えられた場合、骨の一、二本は覚悟の上だ、という怯えにも似た虚勢は消しきれない。



 けれどそれが、無意味な警戒であったことを、桃太郎はすぐに知ることになる。




 「お武家様は、お武家様だよ。男か女かなんて、どっちでも関係ない!」




 おこまは微笑んだ。涙を堪えているかのような、正直に話してくれたことが嬉しいような、でも、少し恥ずかしいような、そんな笑顔だった。




 「お、おこまさん……」




 「それに――」




 腹部に当てられていた手が、なんだか厭らしい手付きへと変わる。




 「あたい……そういうのも嫌いじゃな――」




 「悪しからず。そういう趣味は持ち合わせて無きにありんす」




 桃太郎はまったりと滑らせてくる手を邪険に払い、そそくさと着物の前を閉じた。


 確認は取れたはずなので、これ以上素肌を晒している必要はないし、湯冷めなどして風邪をひいたりしたら事だ。




 「そんなぁ!」




 「そんなぁ……じゃないですよ! 性別関係なしにも程がありますっ」




 桃太郎は着衣を済ませると、話を次へ進める気も失せ、




 「それじゃあ、今夜はこれまで。詳しい話は道中おいおいしますから」




 と切り上げることにした。小袖の襟から
を払い、まだ濡れている長い髪を背中へと垂らす。




 「こう視ると、本当に女にしかみえないねぇ」




 「そうですかぁ? わたしもこんな扮装が、今までよくばれなかったものだと驚いています」




 「でもお武家様、同じ女の身空、やっぱりこんな寒い夜は、人恋しくなったりするんじゃないんですか?」




 「ならないですねぇ。なんか言い方が厭らしいですよ」




 「お武家様、お武家様、お待ちなさいって」




 「おこまさん」




 桃太郎は襖の隙間から廊下に
人気がないことを伺い、素早くおこまの部屋から撤退する。




 「おやすみなんし」




 ぴしゃりと襖を閉じると、おこまの、妙な笑顔は見えなくなった。


 桃太郎はそっと
から手を離し、足早に自分の部屋へと逃げ込んだ。


 そしてこちらも、またぴしゃり。




 「…………ふう」




 おこまが部屋から追ってくる様子はなかった。


 声も聞こえず、物音もしない。


 桃太郎は自分もなんとなく足音に気をつけながら、座敷の中央に用意されていた
夕餉の膳の隣へと『色斬』を、続いて腰を降ろした。



 
献立は、塩漬けの魚を焼いた切り身と、同じく甘露煮。大根の葉の御浸し、同じく大根の汁物、漬物に、用意された飯の五割は白米だ。


 廓でも十割白米を口に出来るのは稀であり、こんなちいさな村の宿で、これは上等だといえる。




 「――いただきます」




 合掌。



 おこまが以前やって来て今日まで、魚は獲れていなかったのだから、この焼き魚は最低でも三日前の物ということになる。


 川魚の旬は一般的に夏から初秋だが、この季節だし心配もないだろうと切り身を箸で摘み、飯の上に乗せた。


 おこまのさっきの態度は、わざとだったのではないかと考えながら、
に口へと運んだ。


 どうやら鮎のようだ。



 おこまがわざとあんな態度を取ったとしたなら、理由はなんだろう。


 ああして空気を和ませようとしてくれたのか、それとも、桃太郎へと寄せる信頼の、おこま
りに不器用な表現だったのか。



 飯も魚もすでに冷たくなっていた。


 のど元を通ってゆく心地の良い塩気と、痛みに、なんにせよ、朝起きて、おこまがまだ宿を引き払っていないようであれば、次からも部屋は別にとろう、と固く決意する桃太郎なのであった。